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秋冬


澄んだ空に刷毛ではいたような雲が西日に輝くこんな日のことも、大林日和と呼んでいる。
常緑樹が多めの、緑が茂る庭に面した全ての窓が開けられていて

チッ チッ  チッ  チッ  チッ  .   .   .     

と鳴きつづける虫の聲を聴きながらコップに注がれたお酒を眺めたいと思っている。
三和土の床から冷気を感じるような真冬は閉められた窓が風で時々カタカタ鳴る。
板ガラスが嵌められた木枠の窓ならではの音は日没後、窓から庭が見えなくなるとひときわ耳に入る。



夏休みの過ごし方 4




家にある一本の傘から8年前の夏休みのことを思い出してみる。



何度も奈良に行っているのに、古道として有名な山辺の道を歩いたことがなかった。
真夏に二泊三日で奈良に来て、予定のなかったなか日、ガイドブックによく紹介されている山辺の道の木陰の写真が思い浮かび、その辺りに行けばいくらか暑さが凌げそうだと考えた。
見たい古墳とお寺の近くから2〜3駅ぶんの距離を北に、山辺の道の一部を散策することにした。
下調べもしていなかったが道はわかるだろうと思った。

最寄駅で下車したのは正午過ぎだった。
時間帯のせいか誰も歩いていない駅前商店街のなかに、明治か江戸かと思われる古い木造の傘屋があった。
傘を求めるふりをして、いかにも奈良の町家らしい厚みのある木製の引き戸を開けてみる。
昼食をとっていた店主が店の奥に見える台所から出てきた。

店内には、今どこにでも見かけるいろんなタイプの洋傘が壁に掛けられたり大きな壷に立てられたりしていて、一画には番傘もビニール傘もある。
番傘は参考品ではなく普通に販売していて、手取りは重いが開いたり閉じたりすると、ぱふっ、ぱふっと、柔らかな感触だった。
物色をすすめると、持ち手のプラスチックの質感が懐かしい昭和の雨傘がひとつ混じっていたので抜き出してみる。
石突きや露先が少し錆びて、本当の金属の感じがする初期ワンタッチ傘だった。
雨上がりの小学校の帰り道に、閉じた傘の石突きを道路に引きずって歩いた時の音と手に伝わる振動を思い出した。
広げてみると布地はしっかりと張って、引きつったところが一箇所もない。
かんかん照りなうえに私が滞在中の奈良は雨が一滴も降らない予報だが、今日の記念に、また、店の存続を願って、その傘を買って持ち帰ることにした。

33面の三角縁神獣鏡が発掘された古墳の展示館を見学し、慶派に大きな影響を与えたとされる阿弥陀三尊仏のあるお寺をお参りし、案内の矢印に従って山辺の道に入った。

山辺の道って、もっと右側の山寄りじゃないだろうかと疑いつつ、田畑の間の舗装された道を歩いた。
ようやくに辿り着いた環濠集落内の商店で、来た道が間違いでなかったことと、これからの道を確かめて何かを買って飲んでひと息ついて出発したものの、舗装路のままだしいよいよ一面田んぼで身を隠せる日陰が全く無い。
道を逸れたのかも知れないと心細くなっても尋ねる人にも出会わない。
山の辺の道をこれ以上歩けない、と頭のなかが煮詰まり、炎天下に耐えられず買った雨傘をさして遠くに見渡せる架線を目印に下車した駅の隣駅を目指してさらに小一時間ほど歩いた。

と、覚えている。
何年続いている傘屋なのかなど、携帯電話で写真を撮ったりして取材すればよかった。

花のメモ 

 


花の色でいちばん好きなのは白だから自分の店の花器にはいつも白い花を選んでしまうのは仕方がない。
人が植えたものでない、種がどこからか飛んできたり根で広がったりした白い花を道端で摘みつつ通勤している。

八重よりもひとえの花が好きだ。
ただ、花びらに見える白い総苞が八重になったどくだみは気に入っていてよく使う。
松尾芭蕉の奥の細道のなかの、曾良が那須野で詠んだ句にある八重撫子がどんな花なのかわからなかったが、この八重の花もきっと好きかもしれないと思った。
解説を読むと、かさねと言う、平安時代の装束を連想させる名前の可愛らしい少女を撫子に例えたとも考えられる、とあった。
教えてもらわないと私は自力でその句を深く味わえない。
それからは、何かに「かさね」と名付ける機会をうかがっている。


八重のどくだみ 他

かさねとは八重撫子の名なるべし 曾良

たびたび


4月 某日  晴れ

自分のブログの更新が気にかかって今日もパソコンの前にずっと座っていたけどまたアボガドのことしか浮かんでこなかったので投げ出した。


4月 某日  晴れ

用事があって六本木に行く。
明朝のアボガドを買いたいと思いついて大通り沿いに昔からある、どちらかと言うと高級なイメージのスーパーに入る。
ここで買ったのが傷んでいた場合、うちの近所のスーパーみたいに交換か返金をしてくれるだろうか、、よしんばそうであってもそう滅多に六本木に来ることはないし、、
と、心配しながらアボガド売り場に向かう。
それまでその言葉を口にしたことも頭をよぎることもなかったのに、この気持ちが皆の言う『アウェイ感』、またはその一種なのか、と思った。

和鏡

 
久しぶりに藤原時代の鏡を買う。
芒や菊が乱れ咲いているなかに二羽の鳥が遊ぶその背面の図柄は、小さな雨粒が水面にひとつふたつと落ちてそれぞれの波紋が広がってゆくように優美でやわらかい。
当時の貴族の好みを反映している。
窓からの自然光をあてて淡いレリーフであらわされた鳥や秋草が浮きたつと、それはすぐに消えてしまいそうな趣きに、

嗚呼ゝ
となったり、

よよよ、、
と毎度毎度なったりするので、私にも半滴くらいの分量で平安貴族の血が流れているかもわからない。

食べ頃 2


(正式には「アボカド」だけど私は「アボガド」派だ)


自宅近所のスーパーでは買って帰ったアボガドが傷んでいた場合、そのレシートを持っていくと交換してくれる。
食べ頃のものを吟味したつもりでも、5〜6回に1度の割合で、なかが変色したものを買ってしまう。
先日も黒いものを選んでしまった。
次回スーパーに行けるのは1週間くらい後なのでレシートだけでは証拠が弱いと思い、切ったアボガドの断面をスマートフォンで写真に撮っておいた。
後日スーパーに寄れた折、アボガド交換で何となくは顔見知りの売り場の男性店員にレシートと写真を見てもらうと、「お手数おかけしましたので」と言って、傷んでいたひとつに対して2個くれた。
せっかく取り替えてもらったのにまた傷んでいたらと心配したが、ふたつともきれいな実だったので喜んだ。
その流れをアボガド嫌いな知人に話したら、
「きっとアボカドって呼ばれてる」
と言われた。
私だってずっと前からそんな気がしている。

昨今は、消毒をした手でとは言え食べ頃のアボガドを選ぶためにひとつひとつ触ることは遠慮がちになるが失敗しないためには仕方がない。
美味しいのが食べたいし、アボガドの苦情を言う客だとスーパーの人に思われたくない。

2021



台所のうしは30年くらい台所を見張っている

新しい年も静かに明けました。
出先のことが多く営業日は少ないですが、皆さまにお楽しみいただけますよう品物を探したいと思っております。 
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

秋彼岸


5〜6年前までは、たまたま秋の彼岸中にも関西に行くことが多かった。
暑さが彼岸まででなくて、その年の夏が長引こうと秋が早まろうと、新幹線で東京を出発して京都に着くまでに眺められる畦道が彼岸花で一斉に真っ赤になっているのを確かめては神秘なものも感じて満足していた。
彼岸花がぽつりぽつり咲いているのを見て、そう言えば彼岸の入りだと気がついた年もある。
このところの気象で咲く時期がずれてきたら名前に感心していただけにがっかりするかもわからない。

彼岸花の赤にはいつもどきりとさせられる。

普段の道を歩いていると、こんなところに彼岸花が生えていたのかと、予告なく開いた花に驚くことがしばしばある。
葉が茂っていれば、ここに咲くという目印になるのだが、葉を見たことがないと気がついて調べてみると、葉は花が終わってから出て冬を越し春に枯れるので、「葉見ず花見ず」とも呼ばれるそうだ。

回数


8月 某日  晴れ

こんな状況なのであの居酒屋もまだとても空いている、と私が知人に話すと、
「はい、そうでした、先週2回行ったけどがらがらでした」と相手が言った。
なにか張り合う気持ちが湧いて、私は
「先々週と先月も週2回行ったけどがらがらだった」と言った。

酒屋


4月 某日  晴れ

ここから家まで歩くと小一時間かかる、と思ったが、目の前の駅から電車に乗らず歩き始めた。
自粛を実行して夕方6時過ぎに営業している店も少ない暗めな通りに一軒、明かりの点いている木造の酒屋があった。
広い間口に嵌められている8枚の引き戸も店内の陳列棚も、建てられた当時のままだとみた。
棚には商品よりも隙間が目立つので、近いうちに店仕舞いするのかもわからない。

家にお酒は足りている。
手荷物をこれ以上増やしたくなかったが、足を踏み入れる口実に、乾きものでもひとつ買おうと考えた。
店構えから、ここの店主は江戸っ子の老人か年齢とともに気難しくなった老人だろうと予想して話し方の準備をしていたら、「いらっしゃいまし」と、穏やかな老人が奥から出てきた。
その様子につい、古い佇まいに惹かれてお店に入ったと打ち明けると、「どうぞゆっくりご覧ください」と言ってくれたので店内を歩き回った。
外から窺えたとおり、掃除も行き届いていて何を手にとっても埃を感じない。
小さな缶詰をひとつ買った。
この建物は大正12年に建てられ、昭和に入って道路拡幅工事で少し後ろにひいたそうだ。
頑丈に作られた大きな木の机に地図を広げて詳しく教えてくれたとおりに歩くと、携帯電話で導かれた道よりも5〜6分早く家に戻れた。