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訂正


10月 某日  晴れ


9月中はまた休業してしまった南千住の居酒屋が再開したとの情報を数日前に受けとったので、間をおかずに行く。
この店内を春日宮曼荼羅のように描き表す課題もすすんでいない。
もっと観察しないといけない。
いつも通りの営みに安心し、飲みながらなんとなく壁面を見わたして驚く。
一台しかないと思いこんでいた扇風機は他に二台あった。
いずれも30〜40年くらい前に取り付けたとみられるものだ。
私は前回のブログに、一台きりと間違いを書いてしまった。
今日は少し暑さが戻ったので三台それぞれが首を振って現役で風を送っている。

再開

 
8月    某日        曇り




半年近く休業していた南千住の居酒屋が8月から再開したとの情報を得たのでいそいそと出かける。
今日行っても、また何かの事情で閉めているかもしれないから店に着くまではまだ喜べない。
泪橋の交差点を過ぎてその先に目を凝らすと営業している印の生ビールのジョッキ形の大きな看板が頼もしく表に出ているのが見えた。

この店は外観から想像するよりも、なかは天井が高く、意外に広い。
夏は庭に面した窓が全て開けられていて、涼しくする設備としては壁に取り付けてある小さな扇風機一台きりだが、カウンターに着席したお客一人一人の前に店主が無言で団扇を置く。
団扇は信用金庫やイベント等が宣伝を兼ねて配ったもので、みなそれぞれ違う。

8月初旬の東京の気温は40度近くあった。
体力のある人でも参ってしまうようなそんな頃に再開させるとは、、
店を切り盛りするこの年齢(詳しくは知らない)の三人にあらためて畏れ入った。

数日前と、その日に仕入れた小さなものとふたつ持ち込み、それらを眺めながら以前と同じように過ごした。

マニア


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学生の頃から十年近く前までは、毎年夏になると普通列車で地方をあれほど動き回っていたのに(おもに西)、なぜかそういった旅にお得な「青春18きっぷ」を買ったことがなかった。
今回初めて青春18きっぷを使い、行きは磐越東線、帰りは水郡線に乗って、一泊のささやかな福島周遊をした。


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磐越東線

いわきから郡山までの磐越東線は塗装が少し疲れ気味のディーゼル車で、まず久しぶりに聞くエンジン音に喜んだ。
動き出すと、とても頻繁に汽笛を鳴らす。
いわき駅を出てほどなく、列車は山あいに入った。
麓に古民家の集まる村落を眺めたり渓谷を見下ろしたり、鉄路を覆わんばかりの真夏の緑が走る列車のきる風でぐるぐる揺れるのが嬉しくて、「青春」どころか子供ごころにまでさかのぼってしまうようだ。
こうしょっちゅう、何に対して汽笛を鳴らしているのかわからないが、うるさいとは感じなかった。

郡山から水戸に出る水郡線は、ディーゼル車でも見た目が都心の車両とあまり変わりない。
気のせいか、走行中のエンジンと線路を刻む音が磐越東線よりも軽快で、汽笛も澄んだ音のように聞こえる。

水郡線は奥久慈清流ラインと別名がついている。
前日の磐越東線では控えた缶ビールを、清流があらわれたらあけようと同行の友人とその時を待っていたが、郡山を出て1時間以上たっても遠くに低い山を見る田園風景がつづく。
待ちきれず飲み始め、そうしているうちに蛇行する久慈川を何度か超えた。

今まで気にかけたことのなかった車両形式を車内に探すとキハ130とある。
磐越東線はキハ110とわかった。

ひとくちに古いと言っても幅があるが、地方に行けば都心で利用している車両よりは古いものに乗れるものと思い込んでいた。
新しい車両に入れ替えていかなくてはならない諸事情はあろうけれど、懐かしい気分を味わいたいためにも旅に出る自分としては、できれば古めの列車の座席に身を置きたい。
そしてそれはイベント的に運行を復活されるものでなく、日常的に土地のひとが乗り降りするものでないといけない。
今後は鉄道マニアに及ばないまでも車両形式の基礎知識を身につけ、目的の路線ではどんな列車が走っているのかを前もって調べることにする。
あるいは乗りたい形式の列車目的で行き先を決めるかもしれない。

四日にいちど(目標)

参加いたしました青花の会の骨董祭の会場はどこも賑やかで、とてもたのしい時間でした。
たくさんの方とお話をすることができて、今後の励みになりました。
どうもありがとうございました。


6月    某日        雨

祭りの翌日からはこの店が世の中からまったく忘れ去られたような日がつづいている。
ここにお店あります、という存在をしめす手を打たなくてはならない。


6月 某日  晴れ

と言って、SNSの投稿をもう少しさかんにしてみるくらいのことしか思い浮かばない。

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ひとつの画面を何枚かの写真で分割する機能を取り入れて、いろんな組み合わせを試しては自分で可笑しがったりして、年がら年中携帯電話をにぎりしめている人間になっている。

下町


5月 某日  晴れ

もうそろそろ再開しているかもしれないと、南千住の居酒屋に行ってみる。

二ヶ月ほど前、営業日であるはずの曜日に「本日休業」の札がさがっていたとの情報を得た。
休業を知ってすぐと、それから一ヶ月ほど経ったころと、先月までに二度訪ねてみたが、その札は下ったままになっていた。
閉まっていた時のための候補の居酒屋を思いつつ二度とも何処にも寄らず家に帰った。
私にとってこの店だけは他の店での替えがきかない。

今日も閉まっていた。
落胆しないように閉まっていることを想像しながら歩いて来たけれどもこのまま引き返すのは何だか収まりがつかないような気持ちがした。

その居酒屋の並びにある交番にはいり、乗る気もないのにその場の思いつきでバス停の場所や路線を質問すると、若いお巡りさんは折り目をたくさんのセロハンテープで補修してある地図を広げて答えてくれた。
親切にしてもらって申し訳なく思ったが、うれしかった。
教えてもらった路線のバスに乗ると見せかけて交番を出て、南千住駅からいつもどおりに地下鉄を乗り継いで家に戻った。


5月    某日        晴れ

スーパーで「本日のお買い得品  アボガド 特大」とあるワゴンからひとつ買ってみたら種も特大だったので食べられるところの分量は普通の大きさのものと変わらなかった。

鍛える


4月    某日        曇り

八重洲の桜並木の通りが車両通行止めになっていて道路に花見のためのブルーシートが敷かれている。
屋台やイベント会場もあるのでこの地域の催しらしい。

しかし今年の桜は開花も散るのも例年より早かった。
土曜日の11時前で少しの人出があり、葉が覆い茂った桜並木の下で焼きそばなどを食べている。

すっかり葉桜となっているなかに目を凝らすと、数輪の花がついているのが見えた。
私はここで花見をするわけではなくただの通りがかりだが、うんとうんと集中すれば、自分は今、この飲食店ひしめく八重洲ではなく山桜の自生する林のなかにいる、、と暗示をかけられないわけでもない。

場所


2月 某日  晴れ

葛井寺の千手観音を拝観に東博へ出かける。
この像が公開されたさいしょの日曜の夕方だ。

閉館間際であれば静かに拝めるだろうという同じ思いのひとがたくさんいて、千手観音の周りを二重三重にひとが囲んでいる。
千手観音の正面から数メートル離れた壁に軽くよりかかるようにして見ている男のひとがひとりあった。
その壁は幅がせまくて他人のふたりがよりかかるとたぶん妙なので、そのひとが去ったら真似しようと思った。
そのひとは閉館まで去らないかもわからないが、まずは間近にひと周りしているうちに壁には誰も居なくなっていた。
蛍のひかりが流れるまでの数分のあいだそこに立つと、思ったとおり、混雑とは別のところにいる千手観音を見ることができた。


3月 某日  雨

活けるための草を見つけるために私ほど日夜道端に目を凝らしているひとはそうはおりますまい、と思っていたのだが、道端の草花を見逃さず慈しみ暮らしに取り入れているひとびとの写真をSNSでたくさん見て、自分はまだまだだと思った。

それまでそれまで


1月 某日   雪

財布のなかをあらためる。
京都の居酒屋のサービス券が4枚入っている。
10枚たまると『甲一酒壱枡サービス』してもらえる。
好きな店だが京都へ行くたびに入るわけではないので、これまでの進み具合だとサービスをうけるまでには7〜8年はかかる。
それまで自分が元気でいられるのか、この居酒屋が今のまま存続しているのか、ちょっとしたお守りのよう、しのばせているものだ。


2月    某日        小雨

それまではスコップもたたないほど固かった店の近くの街路樹の植込みの土が、中央区によって入れ替えられている。
少しの雨を含んだ土は養分のありそうな濃い茶色でふかふかしている。
店に置いている自分の小さな植木鉢の土が痩せてきていて植木も元気がなくなっているので、この土を採取して入れ変えたらさぞかし植木もよろこぶだろうて、、と出来心がわいてくる。
日がたつと、また土は固まってくる。
やるならここ一週間のうちだろう。

2018


2018年になりました。
おだやかな、よい一年となりますようお祈りいたします。

昨秋で開店から三年が経ちました草友舎も、より皆さまにお楽しみいただける店となりますよう努めたいと思っております。
どうぞよろしくお願いいたします。


12月    某日        晴れ

所用の日程のため、今度の正月休みには奈良に出かけず東京で過ごすことにする。
10年近く続けていた慣わしを割愛して気持ちの上で新しい年を迎えられるのか。


1月    某日        晴れ

今頃の東大寺や興福寺や春日大社の賑わいと、奈良市内からはなれた寺では冷え極まった堂内で仏像をひとりじめできること思うと時間のやりくりをして出かければよかったと少し悔やむ。

そんな時はこれだ。

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これを手のひらにのせれば交通費も時間もかけずに東大寺三月堂内に身をおいている心地になる。
そこには今も日光月光が立っている。

仕度

 
ほぼ毎週末、鉄路で西に東に動き回っている東京在住の知人がいる。

臨時で運行される国鉄時代の列車を背景のよいところで待ち構えて撮影したり、地方の美術館や古寺を巡ったり、鉄道で移動すること自体も目的であるようだ。

時たま送信されてくる懐かしい車両や駅弁や食堂その他の写真と、それらに添えられた文がおもしろい。
その人には及ばなくても身軽に鉄道を楽しんだ若い頃を思い出す。
仕事に重ならず、ようやく日曜祝日で連休できる日の朝、この休暇はそんなことでもしてみようかと思いたった。

乗る路線を決めて仕度をはじめてみたが、今や通勤着(と言っても私の通勤着は世間一般よりもゆるいものだ)しか持っていない。
今の年齢の自分が黒いオーバーを着込んで休日のローカル線に乗ったり無人駅で下車しているところを想像すると、
土地のひとからは事情のあるひとに見えるかもしれない  →  何も事情などない表情づくりをこころがける  →  表情づくりに気をとられ旅が味わえない、、
と、結局出かけるのを止してしまった。

まずはそんな旅がさまになる服装を用意しなくてはならない。
そして、もうたくさんだ!と言いたくなるほど、遠いところを走る鈍行列車に乗っていたいものだ。