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仏像カレンダー


年が明けて七日、

今年も草友舎のホームページやインスタグラムをご覧いただいたり、お店や催事などでお会いできましたら幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。




年末の拝観の記録

2017年に奈良国立博物館で開催された「源信」展で、その時も感激したとは思うのだが、奈良仏像カレンダー2025であらためて見て以来、拝観目標にしていた観音像を年末に訪ねることができた。
そこは寺跡で住職がおられないので、問い合わせは事前に電話で近所のお寺に申し込む。
最寄駅は近鉄南大阪線にあり、そこから20分ほど歩くが、JRを使っての最寄駅から徒歩40数分の行き方を選んだ。

奈良駅ではそうでもなかったのに、一回乗り換え計8駅目で下車すると、薄曇りでかなり気温が低いうえに山から降ろす風が冷たくて強い。
麓にあるお寺を目指して、風に向かって前のめりになりながら刈り取られた田圃や畑の間の道を歩く。
昔と現代とでは大変さが比較にならないが、こういう苦労をしていると、自分が古い縁起絵巻の添景に描かれた行脚する人物になったような気分になってきて嬉しくなる。
30分ほど歩くと少し上り坂になり、古い民家や木々の間の細い道を進み、約束の時間に目的地に着いた。

小さな礎石が遺っている三間四方くらいの空き地のすぐ横に古びた収蔵庫があり、電話で応対してくれた住職の奥さんが、収蔵庫の扉を開錠してくれた。

1メートルと小ぶりだが、いかにも10世紀らしい量感のある観音像と、12世紀の薬師如来像、役行者像、鎌倉時代はあるであろう獅子と狛犬、奉納絵馬などが小さな室内に並んでいる。
観音像はカレンダーの写真で記憶は新しくしていたが、実際に見ると、子熊のぬいぐるみのような可愛らしさも持ち合わせているように感じて親しみが増した。

冷えた両手をさすりながら奥さんはいろいろ教えてくださった。
この像は観音堂に安置されていたが、昭和43年にすぐ横に建てられた収蔵庫に移された。
その後、観音堂は火災に遭う。
その日は風がなく、火柱が真っ直ぐ上にあがっていた、と奥さんは話して、また思い返したようにもう一度繰り返した。
もしも収蔵庫に移されていなかったら、と思うと、兼ねてから収蔵庫での拝観は少し味気ないと思っていた考えをあらためなくてはならないような出来事だ。

収蔵庫の維持費など、大変なのだそうだ。
写真も撮ってよいと言ってもらったので、撮った写真をSNSなどに投稿してもよいかと尋ねると、ぜひそうしてほしいとのことだった。
芳名帳の最後の記入は9月⚪︎日、
仏像、狛犬、お供え、奉納絵馬などたくさん写す。

この集落の信仰心にもふれられたような温かな心持ちになって、今年はこのひとつのお寺を訪ねただけで充分に満足した。



ようやく麓に近づく








在りし日の観音堂の写真と瓦

猿沢池風景


ご主人の大腿骨骨折からのリハビリで、一年近く休業していた奈良の食事処から、この暮れの2週間の営業でもって閉店するお知らせをいただいたので、予定をたてて出かける。



この店には25年くらい前から年に数回ほど来ていた。
猿沢池近くの、何軒かの古い町家が連なる路地にある。
奈良に二泊すれば二日続けて通った。
博物館やお寺を巡ったあとに猿沢池を廻り、興福寺の五重塔を仰いでから入店するのは、そう決めていたわけではないが何となく慣わしになっていた。
かわるがわる怪我などに見舞われ休業しながらも、60年近く店を続けてこられたご夫婦のお人柄と家庭的な料理、町家を改装してひと時代を経た素朴な店内は、私にとって尊い奈良の古寺との区別がない。
その日見た奈良の古美術を思い返しながらそこに身を置いて過ごせることにいつもしみじみと有り難みを感じていた。
冷酒を頼むと、鹿のレリーフが見込みにある近所の酒造会社のガラスの盃が出される。
この盃は4色あり、寒色系か、無色透明が好きな私に、そうとは知らずいつも桜色を選んでくれるのもご主人のこころづかいなので嬉しく思って使った。



これまでのことを思い返しながらしばらく過ごし、最後にお礼を述べて外に出て、赤い提灯の灯る路地を携帯電話で少し写真に撮った。









東美アートフェア2025




瞬く間に一週間経ってしまいましたが、二年ぶりに開催された東美アートフェアも、おかげさまで、今年も無事に会期を終えることができました。
催事は賑やかで、古美術を通して皆さまとのお話しも楽しかった三日間でした。


10月 某日  晴れ

週末に開催される催事の初日に入れた花がしおれても二日目、三日目に補えるよう、小さな紫色の菊の花を植木鉢で買う。
一輪咲いているほかは、ぎゅっと拳を握っているように蕾がかたい。
会期中に花弁が開くよう促すには、秋に咲く菊にとって気温が低い屋外がよいのか暖かい室内のほうがよいのか迷い、ベランダに出したり、室内に入れたり、やっぱり少しでも寒いほうがと思い直してまたベランダに出してまた心配になってしまったりする。



ブース設営担当者から、手前の展示台を前回と同じように左の壁に付けて固定しないでよいのか確認があったが、「これが陳列品の死角を減らす味噌なのです」と答えた




二輪目の菊は咲かなかったが、初日の菊が三日間もってくれた

催事参加のご案内

この秋、2年ぶりの開催となる東美アートフェアに今年も参加いたします。

秋はやってくるのだろうか、と疑うほどの長い猛暑の日々でしたが、さすがに来月には季節もすすみ、美術散歩も愉しめるようになっていることと思います。

ご高覧いただけましたら幸いです。



東美アートフェア2025
https://toobi.co.jp/artfair

次の催事

今年の青花の会|骨董祭も、おかげさまで無事に、たのしく終えることができました。
どうもありがとうございました。
桃山時代の染織品を絵画に見立てた軸装、額装についてもたくさんのかたとお話しができ、嬉しく思いました。

次に参加する催事は10月開催の東美アートフェアです。
9月に入りましたら作品の紹介もすすめてゆきます。
どうぞよろしくお願いいたします。

青花の会|骨董祭 10周年


今年も参加、いたします。
皆さまとお会いできましたら幸いです。
会場場所など、これまでと変わるところもありますので、詳細はこちらでご確認お願いいたします。

https://www.kogei-seika.jp/seikafes/2025.html

草友舎の1日目、2日目の推奨品も商品紹介欄に投稿してみました。
桃山時代に花開いた織部、志野、唐津などの焼物と同じよう、染織品にも宿るこの時代共通の気分、気にかけていただけましたらうれしいことです。

クイズ


2024年、最も驚いたこと。

昨年の夏の終わりに知人宅でふるまわれた手料理のなかに、青菜のお浸しがあった。
知人は何の葉のお浸しかクイズにした。
深緑色らしい濃い味がする。
生姜醤油でいただき、とても美味しい。
ほうれん草やモロヘイヤや蔓紫だったらクイズにしないだろう。
何の野菜かわからなかった。
「これ、」と、携帯電話で見せてくれたその画像は、小さな星形のピンク色の花と赤い実が可愛らしい、暑い盛りによく目にしていた花だった。
その葉がこんなに美味しいとは。
名前は「ハゼラン」と教えてもらった。
今年はぜひ摘んでお浸しにしたい。
そして自家栽培までしてみたい。




2025年




あたらしい年を迎えました。
今年も古美術をとおして、皆さまと楽しいお付き合いができましたら幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。


鏑木清方 松鶴画
年賀状を表装したものかもしれません。
古美術をとおして、とご挨拶をした矢先ですが、新画も新春に気持ちのよい掛け物かと思います。






手直し

 

11月 某祝日  晴れ

待っていた都バスがバス停に入ってきた時、見かけなくなったと思い込んで、しかも先のブログに見かけなくなって懐かしんだ話など書いていた2本の国旗がバスの前面に交差されていたのでおのれの物事の見て無さ加減にまたびっくりする。
一緒に懐かしんだ友人の住む横浜市はバスに国旗をつけなくなって久しいもよう。


11月 某日  晴れ

数日前に買った、経箱を持つ童子形の銅像が可愛らしいので携帯電話でたくさん写真を撮る。
この像は、法隆寺に残る聖徳太子五尊像なかの聖徳太子の弟、殖栗皇子と同じように美豆良を結い経箱を大切そうに掲げている。
撮った画像を殖栗皇子としてsnsを投稿したところ、二人のかたから毘沙門天と吉祥天との間に生まれた五人の王子のうちの末っ子、善膩師童子ではと教えてもらう。
きっと善膩師童子は五人兄弟のうちもっとも賢かった子に違いない。

外来の宗教の受け入れに反対の物部守屋と争う崇仏派の蘇我馬子側についた聖徳太子は、四天王に勝利を祈願し、成就の暁には四天王を安置する寺塔を建てると誓う。
物部氏に勝利後、聖徳太子は四天王寺を建立し、誓いを果たす。

「聖徳太子と四天王信仰は密接で、聖徳太子を多聞天(毘沙門天)に見たて、殖栗皇子の図像を、善膩師童子からとった可能性もある」と言うメールも学芸員のかたからいただき、ほんの少し浮かばれる。

祝日

 
9月 某日  曇り

この美術館には観たい展示があっても少し遠いという理由で怠っていて、今日は写経の観賞のために6〜7年ぶりに出かけた。
緑の多い住宅街を歩いて行くと、同行の友人が「国旗だっ」と言った。
昨今街なかで見かけることの少なくなった国旗が美術館の門前に掲揚されているのが目にはいり、国民の正しい祝日のあり方という感じに喜んだ。
そういえば、運行しているバスの前に交差した2本の小さな国旗をいつから付けなくなったのか。
日曜祝日にも時々仕事が重なる私は、今日は国民の祝日だと都バスで気がつくことがあった。
「こうなってた」と、二人で両手の人差し指を交差させて旗竿の取り付けかたを再現したりして、少し前の祝日の光景を懐かしんだ。

天井の低い展示室は変わらず心地がよい。
並べられた写経を落ち着いて観賞できた。
それぞれの経文の書写された目的や時代背景が文字や装飾に顕れているのをあらためて確かめる。



帰りがけ、時折吹く風でもう少し国旗が広がった写真が撮れないかとしばらく待ったが見切りをつけた。