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川原寺方形三尊塼残欠
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(6月4日からの青花の会・骨董祭にて、草友舎の1日目のおすすめ品として出品する商品です。詳細は、https://www.kogei-seika.jp/seikafes/2021.htmlをご覧ください。)


奈良県明日香村にある、川原寺から出土した塼仏の残欠です。
塼仏は仏堂の壁面に貼りめぐらせ、祈りの空間を荘厳したものと言われています。
如来の脇にお行儀よくぴっと立つ脇侍の脚部分で、ふっくらとした足の甲、小さく並ぶ指がかわいらしい。
盛唐の影響を受けている日本の初期の塼仏ですが、その作行きにはすでに日本的な情趣が感じとれるようです。

川原寺の開基は、出土した瓦の様式から見て天智天皇の時代に当たるとされています。
天武朝以降は、飛鳥寺、大官大寺、薬師寺とならぶ四大寺のひとつとして存在した白鳳時代を代表する寺院ですが、日本書紀にはこの寺の創建に関する記述がないため、「謎の大寺」とも呼ばれています。
書紀には、写経生を集め日本において初めて一切経を書写した、との673年の記事で川原寺の名が現れます。

中世以降衰微し、今の境内で当時のものは礎石を残すのみですが、このような塼仏のかけらひとつからでも時代の息吹や四大寺として栄えたスケールの大きさが想像できます。

『仏教美術入門展』(佐野美術館 1988年)図録所載

約9㎝ × 約7㎝
白鳳時代

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橘寺 方形三尊塼仏残欠
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聖徳太子誕生の地と伝わる橘寺境内から出土した塼仏の残欠です。
中尊の如来の脚部分で、衣のひだや蓮台にのる指先までキャスト良く、表面に施した白土もわずかに残ってくれました。
橘寺は天武天皇九年に火災にあったと日本書紀にあり、塼仏の肌にその歴史がうかがえます。

塼仏とは、粘土で型を抜き焼成した板状の仏像のことで、堂内の壁面にはりめぐらせて祈りの空間を荘厳したものと言われています。
周辺の寺からも同じ形式の塼仏が確認されていますが、橘寺の塼仏が最も早い時期の制作で、比較してみると、初期のもののみが持つ濃厚な迫力があります。
残欠とは言え、手元で眺められる白鳳時代の仏像の遺品は稀少です。

高さ 10.5㎝ × 幅 9.5㎝ × 厚み 4㎝(いずれも最大)

白鳳時代

最後の画像は、東京藝術大学と黒川古文化研究所の蔵する同手の塼仏です。
その他、京都、奈良国立博物館などにも所蔵されています。

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阿蘭陀藍絵兎文盃
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古染付を写した兎文のデルフトの盃です。
月を見返り、嬉しそうな表情が可愛いらしいです。
目立ちませんが、釉薬の剥落が口辺に数カ所あります。
気軽に楽しめる発掘品もよいですが、茶人に大切にされた伝世品の清潔感はやはり尊く思えます。
(仕覆はこの盃に転用したものかもしれません)

径 5.8㎝×高さ 2.8㎝

ちなみに、神田の老舗の蕎麦屋の盃と同じ大きさで小ぶりです。

18世紀

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志野呼継向付
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(12月25日からの青花の会・骨董祭にて、草友舎の2日目のおすすめ品として出品する商品です。詳細は、https://www.kogei-seika.jp/seikafes/2020.htmlをご覧ください。)

八枚の陶片で呼び継いだ志野の向付です。
荒川豊蔵が志野の窯跡を発見してほどない頃の、陶片がまだ豊富に発掘できた時代ならではの出来映えで、仕上がった形は無理がなく自然です。 
茶碗として長く使われたようで、箱は古く、蓋には蒔絵で「山邉」とあります。


桃山時代
径 12.4〜13.8cm 高さ 7.2cm

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中尊寺経扉絵
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(12月25日からの青花の会・骨董祭にて、草友舎の1日目のおすすめ品として出品する商品です。詳細は、https://www.kogei-seika.jp/seikafes/2020.html をご覧ください。)

写経の巻頭を飾る絵を「扉絵」「見返し絵」と呼びます。
まれに経巻から離れて扉絵だけで伝わることがあり、こちらも痛みがあったのでしょうか、下が数センチほど切られた扉絵だけの捲りの状態で出てきました。
奥行きのある、とても繊細な筆遣いで釈迦説法図が金銀泥で描かれています。
釈迦と脇侍の可愛らしさに合わせて、小ぶりな掛け軸に仕立てました。

紺紙金泥経で代表的なものは神護寺経と中尊寺経です。
神護寺経の扉絵は全ての巻に於いて、釈迦三尊の左右に一人ずつの比丘を配す説法図であるのに対し、中尊寺経の扉絵は多様です。
こちらも霊鷲山が背景に描かれた説法図であることは同じですが、神護寺経よりも比丘が二人多く、失われている下方部分には、経意と関わる物語性のある絵が続いていたかもしれません。
これも貴重な平安仏画のひとつと言えます。


平安時代
本紙 縦19.5cm×幅20.7cm 
軸装全体 縦69cm×幅29cm(軸先含まず)

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阿弥陀如来仏画
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鎌倉時代
本紙 13.9㎝×26.2㎝ 掛軸全体 28.8㎝×88.5㎝

密教画の残欠と思われます。
宋画の影響を受けていない大和絵系の表情は優しく、かつ、細部まで緊張感のある描き込みによる神秘的な奥深さもあります。

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奈良絵住吉物語絵巻断簡
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室町時代
本紙  48.3cm×14cm 掛軸全体 89.5cm×51.3cm

主人公の美しい宮姫と、その侍従の悲しんでいる場面が、心のこもった筆の運びで描かれた奈良絵です。
白描なので、その墨の線の美しさが際立っています。

母を亡くした宮姫は、継母のさまざまな悪だくみを避けて、尼となった実母の乳母をたより住吉の地に身を隠します。
朝に夕に、持仏堂の阿弥陀三尊にお経を捧げて暮らしますが、長谷寺観音の霊験により、宮姫に心を寄せ続けていた少将に探し出され、幸せになる物語。

素人画のような素朴な画風の絵巻や冊子本は、仏画の需要が少なくなった室町時代の南都の絵仏師の副業によるのがはじまりとも言われ、明治のころから奈良絵と呼ばれるようになりました。
その稚気愛すべき趣きは好事家のあいだでも親しまれ、断簡として分けられて今に伝わるものもありますが、その数は決して多くはありません。

奈良絵の冊子本や巻物は江戸時代の中期頃まで製作され、それ以降は版本が普及します。
室町時代のものは拙さの中にかえってしみじみとした味わいがあり、余白なく綴られる詞書にも時代の特徴があらわれています。

中回しに有職裂を取り合わせ、物語と響きあった表装が施してあります。

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松鶴鏡
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平安時代(12世紀)
径10・5㎝

常に緑を保つ松、千歳を寿ぐ鶴。
当時の貴族たちの生活のなかで洗練された感覚、『もののあはれ』があまねく現れています。
経塚出土の錆味が湖面に映る空のようです。

お値段等、詳細はお気軽にお問い合わせください。